命の尊さについて

ボランティアPウォーク10(あしなが育英会)に参加して

去る11月10日(日)、子供と一緒に球磨川縁を10キロ歩く、あしながPウォーク(別名)に初めて参加しました。

開会式で父親を災害で亡くした熊本県立大学の学生さん(女性)が挨拶をされました。

「・・・略・・・私が今、こうして学校に通えるのも、毎年こうやって私達のために10キロを歩いてくださる方々のお陰です。ありがとうございました。」と。

初参加で主旨を知り、ただ私達が10キロ歩くだけのことで病気や災害などで親を亡くした子供達の教育支援(奨学金)になるのなら、己の健康にもよし、又、ささやかなプレゼントが出来たことの満足感で感無量でした。

中学3年の受験の年に父を亡くした私は、又来年も是非歩きたいと思った小春日よりの一日でした。

その翌週の朝日新聞「天声人語」より

中学2年のとき、一人でお風呂に入っていると、父が無言で入ってきた。何年もそんなことが無かった。恥かしいので、すぐ出てしまった。その翌日、父は自殺した。

今、大学4年の斎藤勇輝さんはそのときのことを後々まで悔やむ。

何か会話を交わしていれば、背中を流しながら「長生きしてね」の一言でも声をかけていれば父は自殺をとどまったかもしれない。と。

佐藤さんらが中心になって、自殺で親を亡くした遺児達の手記をまとめた。
その「自殺っていえなかった」を読んでみても、必要以上に自責の念に駆られる
遺児たちが少なくない。

たとえば、父からかかってきた最後の電話にもう少し何か言ってあげられなかったものか・・・。サインを見逃した悔しさが付きまとう。親を亡くした悲しみに加え,世間の「偏見」との闘いも辛い。親族からは自殺と言うことを隠しておくようにと諭される。漠然とした罪悪感に付きまとわれる。そして自殺のことも亡くなった親の事も心の奥深く封印してしまう。

親を亡くした人に奨学金を出している「あしなが育英会」の集まりで、初めて自分の体験を「告白」して封印を解き、新しい歩みを始める。

斎藤さんはこう語る。
父は借財を背負って一人で苦しみ、死んでいった。自分も一人で苦しんだ時期があったが、仲間が苦しみを受け止めてくれた。「苦しいことを苦しい」と言える社会、それを受け止めてくれる社会になって欲しい。」と。


「自殺って言えなかった。」手記集
自死遺児編集委員会・あしなが育英会編

是非皆様に読んで欲しい1冊です!

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